浄土山・薬師岳・黒部五郎岳・三俣蓮華岳・双六岳

室堂〜浄土山〜五色ヶ原〜薬師岳〜黒部五郎岳〜三俣蓮華岳〜双六岳〜新穂高 2004/7/29-8/3

7/15(木)

いつも使っている登山靴のソールが減ってきたので、上野のアートスポーツに張り替えに出した。1ヶ月くらいかかると言われた。8月中旬に予定していた山行に間に合わないが、仕方がないので出した。この時は山行中に靴で苦労するなど夢にも思わなかった。

7/23(金)

休みがどうなるか分からないが、とりあえず、山行中に暑い思いをしたくないので散髪へ行った。

7/26(月)

仕事の関係で予定していた期間より早い期間に休みを取った方が良いことが分かった。山行を行うにも始めに予定していた8月中旬より小屋がすいていそうなので都合が良い。どういうコースにしようか数日前まで迷っていたが、山中5泊(五色ヶ原山荘、スゴ乗越小屋、薬師岳山荘、三俣山荘、わさび平小屋)でのんびり室堂〜新穂高のコースに決まり、後は出発日を決定するだけだった。

出発日を決定し、松電の東京営業所に電話して、さわやか信州号の立山・室堂ルートを予約。出発まで日数が無いので、出発の受付時に料金を払う事にしてもらった。このあたりは松電は柔軟である。

長期かつ日程がなかなかフィックスできなかったので今回は単独行。

7/29(木)

台風10号の影響で、降ったり、曇ったり、晴れたりの変な日。

いつもの靴は修理中なので、町歩き用に使っていた布製軽登山靴2つのうち、どちらを履いていくか迷ったが、より足に馴染んでいる方の靴を選択。ちょっとソールがチビて来ている以外は異常なし。ソールのチビ具合から今回の山行で履き潰すつもりで選択したのだが、この選択がたいへんな結果になるとは予想だにしなかった。

新宿なら1.5時間で着くが、台風の影響で電車が遅れる可能性を考慮して8:54の電車に乗るために早めに家を出た。家を出るときは曇っていたが、途中で雲間から月が出た。駅の手前で雨。もろに台風10号の影響が出ていた。台風は八丈島近辺を10km以下の遅いスピードで西の方に進んでいるらしい。太平洋高気圧が北側から張り出していて、北アルプス近辺は覆われていた。台風は高気圧に阻まれ、今後もゆっくり西に進みそうなので、多分、天気は大きく崩れないだろう。台風より心配なのが雷で、ここ数日で唐松岳、大天井岳で登山者が落雷でやられたり、栂池、駒ヶ岳のロープウェイが落雷で止まっている。

新宿の都庁大型駐車場に着いた時点で、イヤな予感がした。松電のバスが一台も無く、他社のバスばかり。他のツアーバスもここの駐車場を使うので他社のバスがいるのは不思議ではないのだが、松電のバスが1台もいないのはおかしい。予感は当たっており、この日のさわやか信州号の全ルートで松電のバスは使われていなかった。

立山・室堂ルートは2台出ており、その両方とも立川シティバスというところのバス。一昔前のバスで狭い。割り当てられた2号車は半分を団体が使用、残りの半分を一般客が利用していた。あんまり、混んでおらず、隣の席が空いていたので2席使うことができた。

ふと、ウェストバックの中身を見ると印鑑が入っていた。昼に金融機関に行って、その時使った印鑑を取り出すのを忘れていた。こんなもの山に持っていっても仕方ないが、捨てるわけに行かないので邪魔にならないところにしまった。

練馬より関越。降雨のため80キロ規制。11:38高坂SA着。尾瀬の夜行バスやら、TDLとかかかれているから東京ディズニーランド(行き? 帰り?)のツアーバスがいた。自分が乗っているバスを見てみると、運転席のわきに三菱自動車工業というシールが張ってあった。三菱ふそうのバスやトラックの欠陥隠しが問題となっているが、ここのところその欠陥のため燃えてしまったトラックのニュースが数件あったのでちょっとイヤな気分になった。12:05に高坂SA発。関越ガラガラ。

1号車、2号車はずっとつるんで走るようだ。立山はやはり遠いようで、バスにしては速いスピードで走っていた。

7/30(金)

12:35に藤岡JCTより上信越道へ。50キロ規制。

ふと目を覚ますと、地形からして東御をすぎたあたりらしいが月が見えた。

1:47に千曲川さかきPA。

高坂SAで買った缶コーヒーの飲み終わった缶を捨てようと思ってゴミ箱を探したがなかった。困ったPAである。2:05出発と言われたが、客がサクサク戻ってきたようで2:02出発。

2:12に更埴ICより下道へ。バスはETCを付けていた。だいたい、料金所のところの減速・停止で目が覚めてしまうが、練馬では覚めなかったのはこのバスがETCを付けていたからか。

バスは白馬長野有料道路経由で白馬へ。現在、この道路は夜間無料。さわやか信州号のこのルートは以前からこの道を使っていたのだろうか? それとも夜間無料だからこの道を使うようになったのだろうか? 白馬近辺はすっきり晴れており、星がきれいだった。

糸魚川ICより北陸自動車道へ(糸魚川ICでも目が覚めず)。4:32に有磯海SA。有磯海SAの手前あたりで目が覚め、外を眺めるとすっきりと晴れていて、山が見える。

雲が少しあり、雲がわき上がってくるかもと少しだけ心配だったが、台風が来ていることを考えればこの天気は上々。有磯海SAを5:00に出発。

5:09に立山ICより下道へ。 5:32に有峰口到着。団体は降りていった。5:34に有峰口発。付近はネムの木が満開。

立山有料道路のゲートが開くまでしばらく停車。前には2台、バスがいた。

料金所の通過の際に料金表を見たら、大型車は桂台〜室堂は50,400円。どおりでこのルートのバス料金が高いわけだ。上高地までだと7,000円だが、室堂までだと13,000円とかなり高いが、立山有料道路と高速代の分、高いわけだ。料金所では係員が乗車人数を聞いた上で、何かやり取りして、運転手が礼を言っていたが、ここでのやりとりの内容は下車時に判明した。立山のパンフレットが届いているので欲しい方は持っていってくれとのこと。料金所で乗車人数分の立山のパンフレットをくれたわけだ。

バスは途中、そーめん滝、称名の滝のところで止まって、滝が見える事をアナウンスし、車窓から滝をゆっくり眺めさせてくれた。なかなかサービス精神旺盛である。

バスは青空の下の弥陀ヶ原を進んでいき、気分が盛り上がった。6:57に室堂BTに到着。

室堂BT〜立山カルデラ展望台〜浄土山

室堂BTで持ってきた朝食を食べ、水を汲み、日焼けゼリーを塗ってから出発。日本人はUVBによって起こるサンバーンとUVAによってサンタンを区別せずに日焼けと言っているが、日焼けゼリーはサンバーンを防ぎつつ、サンタンを起こさせるので、何のケアをしないよりも日焼けゼリーを塗った方が肌のためには良い。

今日は五色ヶ原山荘までで余裕があるので、みくりが池に寄ってから、浄土山に向かった。聞いてはいたが、環境省が緑のダイヤモンド計画で整備したという岩をコンクリートで固めた石畳がずっと続いていた。かなり歩きにくい。脇に結構、不快^H^H深い側溝があり、所々に傾斜路が付いていた。この傾斜路で側溝に落ちた生き物が上に上がる事ができると主張しているが、落ちたら上がるまでは隠れ場所のない所にさらされるのだ。とても意味があるとは思えない。石畳のコンクリートもひび割れがあり、冬期のことを考えると、コンクリートの劣化が早いのは火を見るより明らかで、今後、補修につぐ補修を重ねなければ、維持できないだろう。環境庁は何を考えているのか。こんなもので環境保全をしているつもりなのだから笑ってしまう。浄土山に向かう道のかなり上の方までこのロクでもない路面は続いており、これが途切れたときは正直言ってホッとした。

立山カルデラ展望台ではこれからのコースの薬師岳、五色ヶ原が見えた。薬師岳は遙か遠く、五色ヶ原は山荘が見えることもあって近く見えた。

今回はコースが長いので、1Lの水筒と500mlのペットボトル2本を持ってきた。ペットボトルは、はと麦茶とグリーンミントティー。グリーンミントティーはもの珍しくて買ったのだが、悪く言えば漢方薬のような味でこいつから先に消費することにした。

浄土山の登りで岩の間からオコジョが顔をのぞかせた。また、出てくるかとしばらく待ったがそれっきり。

浄土山〜富山大学立山研究室〜獅子岳〜ザラ峠〜五色ヶ原山荘

登るにつれて、ガスが湧いてきて、富山大学立山研究所に着く頃にはガスに覆われていた。ちょっと強めの風が信州側から吹いていた。信州側からの風ということは台風に吹き込んでいる風ではなさそう。

ガスったり晴れたりしていたが、おおむね晴れ。獅子岳の手前で木道があったので、五色ヶ原まで随所に木道があるのかと思ったら、そう言うわけでもなかった。振り返れば、大汝休憩所らしき建物や黒部湖へ向かう縦走路が見えた。

獅子岳の下りが思ったより長かった。獅子岳からザラ峠までも思ったより長かった。途中で、タテヤマリンドウが花束のように寄り添い固まって咲いていた。

ザラ峠の手前あたりから雲行きがおかしくなり、登っているうちに雨粒が落ちて来だした。五色ヶ原ヒュッテの脇を通る頃には完全に降ってきたが、弱い雨だったのと、わずかな距離で五色ヶ原山荘だし、道は木道で飛ばせるのでそのまま山荘に急ぎ、雨具は着なかった。ヒュッテの脇にはハクサンコザクラが咲いていた。

ヒュッテで受付を済ませると先客が1名いる部屋に通された。下山は新穂高の予定で、明日はスゴ乗越小屋までの予定だったが、できたら薬師岳山荘まで行くつもりで、一泊夕食、弁当と言うことにしておいた。薬師岳山荘まで行けたら、槍ヶ岳にも登って、上高地に下山してしまおう。

2時に風呂に入れるというアナウンス。男性入浴時間が2:30までで十分時間があるし、すぐに行っても人が殺到しているだろうからとしばらくしてから出掛けた。風呂の外からはウグイスの声。風呂は30分おきくらいに男女を交代しつつ、夕飯前くらいまで入れたようだ。

部屋はその後に2人ほど来た後にしばらく来なかったので、もう来ないのかと思っていたが、結局は全部で7人が同室になった。そのうち一人はさわやか信州号の1号車に乗っていたそうで、聞いてみると1号車もひとりの客は2つ席を使える状態だったそうだ。部屋の広さは6畳、ふとん置き場が1畳分あり、一人一畳とわりとゆったり眠ることができた。もっと、混んでいるかと思ったけど、それほどでなかったのは台風の影響だろう。スゴ乗越小屋から来た人に聞いたところでは昨日は台風のせいでキャンセルが出てスゴ乗越小屋は空いていたとのこと。

この小屋は変わっていて、夕食は到着順でなく、部屋ごとに呼ばれた。多分、ある程度は到着順に部屋に入れているのだろう。何故か、他の部屋は何号室という番号が付いているが、自分が泊まった部屋はくろゆりという札が、付いていた。単独行者専用部屋?

夕食後にMP3プレーヤで音楽を聴きながら、ちょこっとだけ散歩。湿原としてはここの方が雲ノ平より楽しく感じられる。7時ちょっと前から天気予報を見るために小屋のテレビを見ていた。ここは長野の方が近いようで長野のNHKが入っていた。まわりのおばはん連中がうるさくてニュースが聞こえない。松電立入検査なんて項目が画面にうつされてなんだろうと思ったが、全然聞こえない。あとで調べたら、松電のバスが高速で逆送したということだった。このおばはんらはどうしようもないやつらで、天気予報が始まっても静かにせずに小屋の人が気象情報がはじまるから静かにしろと言われてやっと静かになる始末。こいつらバカじゃないの(山で気象情報を得る機会をムダにするような連中だからバカ以外の何者でもないか)。明日は大町も穂高も雨が降る予報だったので天気は悪そう。

ここの小屋はトイレのし尿は燃料と共に燃やして、その時に出る熱は乾燥室に利用しているそうだ。そのためトイレは節水型になっていた。

コースタイム

7/31(土)

4:13起床。もっと早く起きるつもりだったのだが。天気は曇り。

五色ヶ原山荘〜鳶山〜越中沢岳

薬師岳山荘までの長いコースを歩く予定なのに早く起床出来ず、出遅れたことにあせりつつ歩き出した。

途中で、弁当で朝食。鳶山の先でふと黒部湖側の谷を見ると黒いものが目に入った。熊であった。生まれてはじめて野生の熊を見た。かなり遠いので危険は感じなかった。

越中沢岳〜スゴの頭〜スゴ乗越〜スゴ乗越小屋

昨晩、小屋で同室になった人で薬師岳方面から来た人は口をそろえて越中沢岳の登りがきつかったと言っていた。五色ヶ原方面から来ると下りになるわけだが、長い下りで、ここは登りに使いたくないと思った。

越中沢岳の下りで草むらがガサッという音がして爬虫類ぽい肌が見えたので大嫌いなヘビかとビビッたがガマガエルだった。ガマガエルがいるということはこの近辺に繁殖可能な水のたまった場所があるということか。

越中沢岳から見えた薬師岳はまだまだ遙かに遠い。直前にはスゴの頭があるが、ここもなかなか長い登降になりそう。

スゴの頭の登りは、越中沢岳から見た感じ通りの登りだったが、下りはスゴの頭から見た感じ以上に長かった。やっとスゴの頭から降ったと思ったら、スゴ乗越小屋はスゴ乗越の鞍部ではなく少し登ったところにあり、ほんの少しではあるがまた登りでうんざり。登っている途中、草むらがガサッといってビクッとしたが、ガマガエルが立てた音のようだ。実際にこのあたりで1回はガマガエルを目撃した。

スゴ乗越小屋〜間山

曇り時々晴といった感じの天気になってきて、暑い。スゴ乗越小屋での休憩でズボンを半ズボンに着がえた。スポーツドリンクを小屋で買って飲んだ。水を補給。ここの小屋は水が豊富なようで水道の蛇口から水が補給できた。途中、ガマガエルがいたくらいなので水源になる沢でもあるのだろう。グリーンミントティーはもうない。はと麦茶はちょっと減っていたが、その分、水を足した。立山で水筒に汲んできた水は雑味があってあんまり美味くないので、捨てて汲みなおそうかと思ったが、山で水は貴重だという考えが染みついていて、水を捨てることに抵抗があったので減った分を足すだけにしておいた。

間山〜北薬師岳〜薬師岳〜薬師岳山荘

スゴ乗越小屋からはひたすら長かった。昭文社の地図はスゴ乗越小屋と薬師岳は4:00であると書いてあるだけで、薬師岳までは自分が早いペースで歩いているのか遅いペースで歩いているのかが全然分からない。せめて、間山で区切ったコースタイムが欲しい。帰ったら山渓の地図を調べて、間山で区切ってあったら、今後は山渓の地図を買おうと考えた。

北薬師の手前あたりからガスが出てきて、ちょっと残念だったが、頭の中では暑いからガスがあった方が体のためには良いだろうなと考えていた。やっと、北薬師について、薬師は目前だったが、なかなか着かなかった。やっと、薬師に着き、そこから見える薬師岳山荘は近くに見えたが、見た目より遠いのだろうなと思いつつ歩いていたら、あっさり到着した。今日のコースで見た目通りだったのはこことスゴの頭の登りくらいだろう。あとは、ひたすら長かった。

小屋に着くとさっそく小屋の受付をした。到着時にはお茶を1杯出してくれて、領収書と一緒に記念の絵葉書をくれた。明日は三俣山荘までの予定なので一泊夕食、弁当にした。

寝床は2階の屋根部屋。それなりに荷物はあるのだが、山頂を往復している人が多いようで人は荷物の数ほど居ない。

最近は環境意識が高まり、山小屋ではし尿処理に対して様々な取り組みをしているが、この近辺の山小屋はとりわけ熱心なようで携帯トイレ専用のゴミ箱が五色ヶ原山荘、スゴ乗越小屋、薬師岳山荘に設置されていた。

寝床は最初は割ときつきつ(とはいっても覚悟していたよりは全然ゆるゆる)に割り当てられていたが、もう登山者が来ない時間になったら、適当に再配置をしてくれた。お蔭でひとり一畳強程度のスペースで寝ることができた。最初から一畳二人で詰め込んでおいて、部屋があまっても再配置せずに、今日は部屋が余っているので個室がありますなんて言っているH岳山荘に爪の垢を飲ませてやりたい。

コースタイム

8/1(日)

3:28に起床。ご来光を山頂で見る人たちが結構いて、そういう人たちが動き出す気配で目を覚ますことができた。五色ヶ原山荘では長いコースを歩く人が少数でひっそりと出発していくだけだったので人の出す物音で目を覚まさず、寝坊したのだろう。

小屋の人に朝食準備がしばらく始まらないことを確認した上で、小屋のパブリックスペース兼食事スペースを使わせてもらって弁当を食べた。親切なことに小屋の人はお茶を出してくれた。その上弁当を食べた後のゴミは持っていくつもりでザックに一旦詰めたのだが、引き取ってくれた。親切な山小屋である。そう言えば、一昨日にNHKの小さな旅の取材が来ていたそうだ。あの番組は9月ごろに数回山に関した特集をやるのだが、それに出てくる小屋は行ってみたいと思わせるところが多い。

薬師岳山荘〜薬師峠〜太郎平小屋

ヘッドランプをつけて歩き出した。一応は三俣山荘までの予定だが、場合によっては黒部五郎小舎まででやめておく予定なので今日は気楽だ。でも、三俣山荘からは鷲羽岳をじっくりと眺めたいのでなるべく、三俣山荘までは行きたい。

だんだん明るくなってきて、薄明の山の端が綺麗だ。槍ヶ岳も見えた。槍ヶ岳は遠くに見えるが、薬師岳の遠かったことに比べてしまうと近く思えた。それに途中、一泊するため行程的には楽なので、さらに近く思えてしまう。

途中で太郎平から登ってくる人が結構いた。五色ヶ原〜薬師で見かけた人の数より多いくらいだ。今日はちょっとだけ人里に近くに行くと言うことか。これからだとご来光には間に合わないから、薬師岳を往復して今日中に折立に降りる人たちだろう。

薬師峠へは水のない沢を歩いて下っていって、テン場のテントが見えたあたりで水が地上に湧いてきていた。薬師岳小屋は天水にたよっている小屋のため、水の補給をしなかったのでこの沢で水を補給。室堂で汲んできた水筒の水は全部捨てて、汲みなおした。結局、室堂の水より、スゴ乗越小屋の水やここの沢の水の方が美味かったので、もっと早く捨てておけばよかった。以前、プラザ安曇野のわき水の所で、立山の水の方が冷たくて美味いと言っているおやじがいた。水というのは冷やせば美味く感じるがほんとうに美味い水は冷えてなくても味わいがある。プラザ安曇野のわき水より立山の水の方がうまいと言っていたおやじは本当の水の味を知らないのだろう。はと麦茶もまた少し減っていたが、これにも水を足した。薄めてもそれなりにおいしく飲めた。天水に頼っている小屋では当然歯磨きもできなかったので歯を磨いた(当然、歯磨き粉は使わない)。

薬師峠のテン場は景色の良い気持ちの良さそうな場所。結構、テントの数が多いのもうなずける。トイレも平地の管理者のいるキャンプ場並にきれいな状態。水のあるところなので日焼け止めを塗った。日焼けゼリーはUVBをある程度防ぐが、完璧ではない。UVAを選択的に通すものをつくるより、UVA, UVBを全部遮断するもの方がラクであろうことは想像に難くない。鼻の頭や首筋はそろそろちょっとだけ注意した方が良さそう。昨日、半ズボンを履いた足はかなりほてっていた。普段、露出しない場所だけに影響が大きい。今日は半ズボンは無しだ。昨晩もかなりほてって、何回か資生堂のサマーローション(悪くなるものではなさそうなので数年前に買ったものをそのまま使い続けている)を塗った。日焼け後には普通カーマイン(カラミン)ローションが定番であるが、あれは塗った後に粉を吹くのでいただけない。その点、このサマーローションは粉は吹かないし、かなり効果があるし、なにより安い。現行商品としてまだ売られているのだろうか?

今回は麦わら帽子をかぶっているので耳はカバーされていて問題はない。問題があるとすれば、麦わら帽子はちょっとダサいということ。でも、普通の帽子に比べて通気性が良く頭が蒸れないのでなかなか具合がよい。モンベルあたりでコンパクトに丸められる格好いい麦わら帽子を発売してくれないだろうか?

テン場から少し上がったあたりから木道になり、非常に楽。あっと言う間に太郎平小屋についた。

太郎平小屋〜北ノ俣岳〜黒部五郎岳肩

太郎平小屋から家に予定変更を伝えるために電話。家を出るときに留守電になっていたので留守電が出るかと思ったら、奥さんが出てくれた。

太郎平小屋からしばらくは木道が続き楽ができた。その先も稜線上の道で楽しみつつ歩けた。ただし、今年の夏は猛暑のせいか山の上も暑い。もう少し涼しければよいのだが。

のびやかな稜線を歩いて、そろそろ黒部五郎の登りというときに事件は起きた。岩と岩の間に左足がはさまり、それを引き抜いた途端に靴本体からミッドソールごと後ろ半分剥がれてしまった。途中で、右足のソールの端の方がミッドソールからほんの少し剥がれていたので下山までは持つと思いつつも注意しなければと思ってはいたが、まさか何の兆候もなく、左足の方が逝ってしまうとは。ザックの中にテーピング用のテープがあることを思いだし、とりあえず、それで固定。距離的に太郎平小屋に戻るより黒部五郎小舎の方に行った方が良かろうということでそのまま進むことにした。ザックの中には細引きもあるのでいざというときはそれを使えば何とかなるだろうという自信もあった。ただし、細引きを巻くと滑りやすそうなので極力避けたかったが。黒部五郎小舎でテーピング用のテープを分けてもらえれば、ザックの中のテープとあわせて下山まで何とかなるだろう。それに黒部五郎小舎にテープがなくても、次の三俣山荘は夏山診療所があるのでテープは必ずあるだろう。

黒部五郎の肩でおばちゃん3人組がこれが黒部五郎のカールですかと質問してきた。俺にそんなこと聞くなよ。俺だってここは初めてなんだから。でも、見ればカールだってわかるだろう。もしかしてカールって何か知らないのか?

黒部五郎岳肩〜黒部五郎岳〜黒部五郎岳肩〜黒部五郎小舎

靴にトラブルを抱えている状態で山頂に行くのはよろしくないとは思ったが、ここは一生に何度も来れる場所ではないので(もしかしたらもう来れないかもしれないし)、とりあえず山頂へ行くことにした。山頂を越えてそのまま先に行くコースと、カールに下りて行くコースの2つがあるが、周りを見ていると黒部五郎の肩に荷物をデポして、山頂を往復してからカールに降る人が大多数のようだ。多分、そっちの方が楽なコースなのだろう。というわけで、肩に荷物を置いて山頂往復。その後はカールを下りて、一目散で黒部五郎小舎へ。五郎というだけにゴーロが多くて歩きにくかった。肩から見た感じでは近そうに見えた小屋も意外と遠かった。今回の縦走はこんなのばかりである。

小屋で事情を話して、テープをわけてもらった。本当は1巻全部わけてもらいたかったのだが、どうもテープが一巻しか無いらしくて、必要な分だけということでわけてもらった。山の中だからモノがないのは仕方がない。ありがとう。野口五郎小舎のお兄さん。たいへん助かりました。

黒部五郎小舎〜三俣山荘

黒部五郎小舎からの登りはあんまり山深いところにいるという実感の無い登り。周りに低木があるということもあるだろうが、ひたすら暑いのでそう感じるのだろう。ハイマツ帯に出てからが思っていたより長かった。水平気味に移動していって尾根を越えたらやっと三俣山荘が見えてきた。黒部五郎小舎からの登りで思っていたより疲れた。どうせこの靴では槍には行けないから1日日程が余るし、黒部五郎小舎あたりは二度と来れないかもしれないし、それに黒部五郎小舎は雰囲気がよかったので泊ってしまってゆっくりすれば良かったかなぁなどと考えていたけど、三俣山荘が見えたらそんな考えも吹っ飛んだ。

小屋の受付を済ませた後に受付のお姉さんに接着剤か何かないかと聞いたら、これならあると木工用ボンドを出してきた。木工用ボンドではどうしようもないので、かくかくしかじかと事情を説明すると靴を預かって、小屋の人間に治せないか聞いてみるとのこと。なんかすごく救われた気分。

小屋の喫茶室でコーヒーを飲みながら鷲羽岳を見たかったので喫茶室に行ったのだが、そろそろ夕食の準備が始まるということでコーヒーは飲めなかった。時間が時間だから仕方ない。

仕方ないので缶ビールを買って外のベンチで飲んでいると昨日、薬師岳山荘で一緒だった男性2人組がやって来た。薬師岳山荘から三俣山荘までって人って結構いるみたい。この人たちは寝床でもお隣だった。この日は定員6人の蚕棚の上段5人とわりとゆったり。それより同室になったグループが傍若無人でべちゃくちゃとうるさかったのには閉口した。この小屋は小さいので荷物は廊下。遅く来た人は受付裏のパブリックスペースに寝床を割り当てられていた。

夕食前に小屋の人が靴を持ってきてくれた。靴の内側から木ねじでミッドソールがとめてあった。靴本体からミッドソールごとソールが取れたのが幸いして、木ねじでとめられる厚さがあったわけだ。他にもソールが取れた人がいて、その人はミッドソールからソールが剥がれていたがどうなったのだろう。接着するにも数時間乾かしただけではすぐに取れてしまうからやはり、針金かひもで巻くしかないだろう。軽登山靴は数年履いたら、山に履いていかない方が良いようだ。ソールの張替に出しているいつもの靴ならこういうことは無かったろうから、山行に張替が間に合わなかったことがとても残念である。

夕食にはシチューが付いた。登山者が多くて、物資をバンバン、ヘリであげているようなところではもっと豪華な夕食がでることも珍しくないが、北アルプスの奥地でひと手間かけて調理していることがはっきりわかる食事を出してくれているのがうれしかった。

なぜか夜、なかなか寝つかれなかった。MP3プレーヤを持ってきているのを思いだし、しばらく聞いているうちに眠くなり、ゆっくりと寝ることができた。

コースタイム

8/2(月)

3時ちょっと過ぎに目が覚めた。もうちょっと寝ようかとも思ったが、このまま起きて朝食を食べたりしていたら4時ちょっと前になると言うことに気がついたのでそのまま、起床。

最初の予定では三俣山荘の次はわさび平小屋に泊って、風呂に入ってさっぱりして、翌朝7:30の松本行きのバスに乗る予定だったが、新穂高に下りて、山小屋以外の所に泊ってから帰ろうという目論見もあり、昨日の受付の際に一泊夕食、弁当にしておいた。とりあえず、小屋で弁当を食べてから出発。早く出発できたので新穂高発松本行の13:40には間に合うだろう。槍ヶ岳にも登ろうと考えた時点から下山は上高地にして、下山後にアルペンホテルで地ビールを飲むという図式ができていたので、アルペンホテルか、ちょっと奮発して坂巻温泉か、もしくは松本近辺で泊れるようなら泊りたい。

三俣山荘〜三俣蓮華岳

小屋の前で水を補給した後、ヘッドランプをつけて山頂に向けて出発。応急修理された状態の靴のことを考えると巻き道を行くべきだろうが、ほんのちょっと遠回りになるだけだし、三俣蓮華岳、双六岳近辺に来る機会はそうそうないので山頂に寄ることを決定。いざとなれば細引きやテーピング用のテープがあるが、それらが出動することもなく、下山できるだろう。

小屋を出る頃に出ていたお月さんがしばらく登ると山の端に隠れた。しばらく登るとまた顔をのぞかせた。お月さんと競争である。登るにつれてだんだん明るくなってきて、日の出前に山頂につけるか、お日さまとも競争である。山頂に着いてみると誰もいなかった。先に小屋を出て行った人たちは長いコースを歩く人たちだったのだろう。お日さまもしばらく登ってきそうにない。今回の山行で一番の好天。山向こうの信州側は雲海が広がっていた。風は昨日とは変わって、富山側から吹いていた。

三俣蓮華岳〜双六岳〜双六小屋

双六岳に向かう途中で日の出。そういえば、今回の山行中で初めての日の出らしい日の出。

双六岳山頂も貸し切り状態。双六から降る頃には登ってくる人を見かけるようになった。双六小屋でコーヒーを飲んだ。まともなコーヒーは、29日の夜の出発前に飲んだきりだからとても美味い。いつも山に来るときは細かい金を持ってくるが、今回は1,000円札が20枚以上残っていたので、双六小屋で1万円札に両替。細かい金が不足しがちな山小屋では、下山時に細かい金を両替するととても喜ばれる。テーピング用テープをわけてもらった黒部五郎小舎は双六小屋と同系列なので少しは恩返しができたかな?

双六小屋〜くろゆりベンチ〜鏡平山荘

双六小屋までのコースをゆっくり歩いたせいで、コースタイムでいくと、13:40のバスに間に合わない。でも、下りだしなんとかなるだろう。

双六池のところにロープが張ってあって、キャンプ禁止の立て札が。立て札の主は林野庁。

今回の山行ではじめて林野庁の名前を見た。昨晩、泊った三俣山荘は林野庁から敷地使用の許可を取り消され、撤去命令が出てている。因業大家、林野庁は自分の赤字を埋めるべく自分の懐に多くの金が入るように地代徴収方式を改悪した。それに疑問を投げかけたら、取り消しである。別に地代を払わないと言っているわけでなく、地代はちゃんと供託した上で疑問を投げ掛けているのにである。そう言えば、山小屋撤去命令の反対の署名がひっそりとおかれていた。受付の時に署名をお願いすれば、効率よく署名が集まるだろうが、そうしないところが奥ゆかしい。山小屋から余計に入った地代が山小屋近辺の国有林の保全のために使われている気配は全くない。登山者で地元自治体や環境庁の恩恵を多少でも受けていると感じる人はいても、林野庁の恩恵を受けていると感じている人は皆無に等しいだろう。やること(登山道近辺の山の保全)をやらないで懐に金を余計に入れようとしている林野庁はタチが悪い。

双六小屋からは良く整備された歩きやすい道で鏡平山荘の前後には石畳の道まであった。この石畳の道がとても歩きやすい。立山のロクでもない道を作った環境省や、尾瀬の鳩待峠の歩きにくい石段を作った責任者(尾瀬林業か?)はぜひ見習って欲しい。

先行している登山者は多かったが、マナーの良い登山者ばかりで立ち止まって途中で抜かさせてくれる人ばかり。お蔭で鏡平山荘にはあっけないほど早く到着。

鏡平山荘で名物のかき氷を食べた。山の中でかき氷が食べられて、500円は安いだろう。このかき氷ちゃんとしたかき氷の機械で作っていた。

鏡平山荘〜熊のおどり場〜イタドリガ原〜チボ岩〜秩父小沢

大半が歩きやすい道でガンガン降った。チボ岩あたりで下に林道が見えた。

秩父小沢〜秩父沢〜林道出会〜わさび平小屋

秩父小沢で水を飲んだ。非常に美味い。昭文社の地図では秩父小沢と道は交わっていないけど、秩父小沢とペンキで書いてあったのでそうなのだろう。

秩父沢を渡ったところは左斜め前方向に道があるのに右斜め方向に矢印があったのでそちらに進んだ。なんかすごい道になったと思ったが、ペンキマークがあったので数分間その道を辿ったが、あれだけ登山者がいるのに、登山道がこんな状態の道のはずがないと思って秩父沢まで戻った。正しい道は左斜め前方向の道だった。あの矢印は何だったのだろう。登山者が少ない時期にあの矢印を信じて遭難する人がでないといいけど。

秩父沢からは石畳の道でしばらく行くと普通の道。さらにしばらく行くと枯れた沢に行き当たった。この枯れた沢からは砂防ダムが見え脇に林道(砂防ダムを造るための林道?)があった。砂防ダムは土砂に埋まっており、意味がなさそう。日本全国にこのようなムダな砂防ダムがいくつあるのだろう? 結局はこの林道は登山道と合流して新穂高まで続いていた。

わさび平小屋〜笠ヶ岳分岐〜橋〜ゲート〜新穂高登山口

わさび平小屋で食事。食事は新穂高に着いてから食べようと思っていたが、名物の冷や麦というのがあったのでこれを食べることにした。こんな山の中で冷や麦が食えるとは。ついでにピーチネクターを買った。運動したあとは甘いピーチネクターが喉に心地よい。山行中はずっとピーチネクターを飲みたかったのだが、やっと見つけたと思った黒部五郎小舎では品切れで、やっと三俣山荘で飲むことができた。下界が近いせいで物価が安い。下界が近いということもあるだろうが、双六小屋系列の小屋は物価が安いようだ。軽自動車で入れる場所にあるのにかかわらず、ヘリで荷揚げしているYロッジと缶ビールの値段が同じY山荘に爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。

ゲートのすぐそばにニューホタカという宿泊施設があった。岐阜県側では穂高をホダカと発音するものだと思っていたが、そうでもないらしい。ホダカと発音するのはシンホダカだけ? でも穂高の名前は穂高見命に由来するからホダカと読むのは変である。ここは、外来入浴ができると書いてあった。でも、バス停まで行けば、無料の温泉があるというのに入る人がいるのだろうか?

13:40のバスを目指して歩いて来たが、結局、11:59にはバス停の脇の無料の温泉に入っていた。

コースタイム

温泉から上がってから、今夜の宿探し。電話をかけてみると、坂巻温泉は一杯でダメだったが、アルペンホテルの予約が取れた。ふと正面を見ると遭難者捜索協力のお願いの貼り紙があった。どこかで見た顔だと思ったら、写真家の岡田昇氏だった。同氏は2002年1月に穂高に穂高の撮影に入山し、行方不明になっている。このことを知ったときは、冬の知床の写真を撮るようなタフな写真家が、行方不明になったということでショックを受けた覚えがある。

12:40発のバスで平湯へ。途中、熊牧場の手前で「ある日森の中、熊さんに出会いませんか?」という車内アナウンス。思わず、山で会ったわいと心の中で突っ込んだ。

平湯にバスが着くと、上高地行きのシャトルバスが停っており、ちょうどお客が乗りはじめたところ。急いで券売機で切符を買って乗り込んだ。バス停にいた係員に上高地行きですよと念をおされた。日焼けして下山したばかりとありありとわかる男が上高地行きに乗るは変だと思ったのだろう。平湯にあった電光表示の温度計は28度。

上高地バスターミナルでバスを見ていると濃飛バスのバスが少ないので平湯からのシャトルバスは少ないのかと今まで思っていたのだが、平湯からのシャトルバスって濃飛バスだけでなく松電のバスも走っていた。今回乗ったのは松電のバス。

乗り継ぎが順調だったので13:50頃に上高地着。五千尺ホテルのちょっとバスターミナル寄りの所に献血車がいたので久しぶりに献血。パソコンから携帯電話経由でドナーのデータを照会していた。そう言えば、小梨平まではDOCOMOの携帯が使えるらしい。献血車はエンジンを切っておりエアコンが入っていないので暑い。普段の上高地ならエアコン無しでも涼しいだろうが、今日は暑い。途中、蝶々が窓より車内に入って来た。このあたりが山の中らしくて良い。これから登る登山者は献血どころではないし、下りてくる登山者もバスの時間に間に合うようにガンガン下りてきてヘロヘロだろうから献血はしないだろう。結局は、観光客風の人しか献血していなかった。400ml献血だったということで缶ジュースを2本もらった。この缶ジュースがゴールドパックのものであるあたりが信州らしい。

ひと風呂あびてさっぱりしたところで、フロントで山のビデオを流していたので眺めた。小梨平でキャンプをしていて、風呂を入りに来たというおばちゃんとビデオをみつつ談笑。

夕食時に予定通り地ビール。安曇野地ビール、穂高地ビール(ここでは上高地地ビールといっているが)、南信州ビールの飲み比べセットがあったが、迷わず穂高地ビールを選択。南信州ビールは飲んだことなかったけど、安曇野地ビールみたいに普通っぽいビールとセットなら、好みの穂高地ビールだけの方がよかったから。珍しく2杯も飲んでしまった。

8/3(火)

朝食前に大正池まで散歩。起きるのが遅かったので大急ぎになってしまった。穂高橋の欄干に猿が2頭いて、毛繕いをしていた。

売店に地ビールがおいてあり、これのラベルがちゃんと上高地の絵になっていたので思わず購入。銀の保冷バックに保冷剤を入れた上でパッキングしてくれた。

今回ぐらいはゆっくりしようかとも思ったが、天気は悪くなってくるらしいのでいつものごとく朝食後すぐにバスターミナルへ。建設中のバスターミナルの建物は骨格だけ組まれていた。外から見た感じではどうも2階への外階段は無いらしい。

天気予想に反して、バスが大正池に差しかかるころには、雲が少しあるものの晴れていた。1本遅いバスにしても良かったかも。大正池まで来ると、今度は上高地にいつ来れるだろうか? といつも思ってしまう。名残惜しい。

バスに乗ってなんか変だと思ったら、対向車が来ると極端にスピードを落としていた。松電のこの路線のバスに運転の下手な運転手はいないよなぁなどと思っていたが、下手らしいことがすぐにわかった。対向車の挙動を見るとバスが近づくと左側に寄っていた。どうも、センターラインにかなり近づいて走っているらしい。これではそこらへんの観光バスとなんら変わらない。早く新島々へ着けと思いつつ、ビビりながらのっていた。途中、沢渡の温度表示が24度。山の中では暑かったが下も暑い日が続いていたようだ。

アルピコグループのホームページに載っていたので知っていたのだが、新島々の駅で上高地線のプラモを2つ買った。3,000個限定の商品とのこと。ひとつは自分用、ひとつは電車の好きな甥っ子用。家に帰った翌日に組み立てたが、接着剤を使わないわりには面倒だった。

新島々発の電車の乗客は、バスに乗っていた乗客4名と小学生の男の子と女の子。出札前の改札口ではこの小学生と駅員が話をしていたりでなかなかのどか。出発前にこの小学生たちと顔見知りらしい小学生1人が乗ってきた。というわけで新島々発時点での乗客は7名。

松本では改札を出るとすぐにみどりの窓口に行って、指定席を確保。スーパーでないあずさにしようと思ったが、スーパーでないのはもう外見が新特急みたいな新型のしか走っていないのを思い出して、スーパーあずさ16号(以前は列車番号はスーパーとそうでないので別々にナンバリングされていたが昨年あたり? から通しでナンバリングされるなった)の指定を取った。

そのあとに駅ビルのマツキヨでテーピング用のテープを補充。山行中に役に立った資生堂のサマーローションは無いかと聞いたが無かった(あとで調べたら現行商品ではないらしい)。

駅ビルの本屋とパルコの本屋で本を買い込んだ。昼食は松本で取ろうかと思って、フラフラと歩いていると肉屋があって、馬刺を売っていたので購入。店を探すのが面倒になって、いつも食いに行っている店に行ったら、観光客風の数人が開店前なのに待っていたので嫌になってその店は却下。結局、最終的には面倒になって車中で食べることになった。

いつものごとく酒屋へ。シードルがあったので買った。そのあとふたたび駅ビルへ向かった。駅前の信号が動く信号になっていた。LEDを利用したもので歩行者の絵が動く。色弱の人にはありがたいものだが、年寄りの事も考えて、青信号の時間を長くすることも考えて欲しい。あそこの信号は健常者でも渡り終わってすぐに変わってしまう。

駅ビルの酒屋で車中で飲むビールとして南信州ビールを買った。なかなか美味かった。総菜屋で昼食を買い込んで駅へ。ふと改札口のわきの土産物屋を見ると穂高地ビールがおいてあった。ここにもあったか。

12:13発のスーパーあずさ16号は定刻通りに出発。諏訪湖は抹茶のような緑色。八ヶ岳は... ビールを飲んだら眠くなってしまい寝てしまったので見ていない。

最寄り駅に着くと通り雨。山行中は1日目に少しだけ降られただけで、行きと帰りの最寄り駅までで降られただけというのはラッキーだと思う。

家に帰るとアートスポーツより留守電が入っており、ソールの張り替えが終わったとのこと。いつ電話がかかってきたのかと再度再生すると7/30の10:37。あと1日早く修理が終わっていたら出発日に間に合い、靴のトラブルにも合わなかったのにと思っても後の祭りである。

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